つれづれなるままに

http://hsdiscovery.net/

奈良吉野山の桜観光

f:id:hsdiscovery:20170414124630j:plain

横に来て席に座る前、ちらっとこちらを見たから嫌な予感がした。案の定、座ると同時に荷物を開けて巻き寿司を食べ始めた。5切れほど一列に詰め込んでパックにしてコンビニに売っている、あの巻き寿司だ。甘酸っぱい匂いが周囲に撒き散らされた。今日は暖かいから、よく臭う。

奈良吉野の桜を愛でようと、大阪阿倍野駅から8時20分発の、この吉野行き近鉄急行に乗車。吉野駅まで直通の特急に乗って行こうとしたが、もうすでに3本先まで満席。やむなく大阪阿部野橋駅折り返しのこの急行に乗ろうと、20分も前から並んだおかげで座ることができた。腰痛を持つ身にとっては1時間半、座って行けるのはありがたい。

巻き寿司を頬張るその主は、少し年下の60歳手前か。茶系の合皮の靴とグレー地にストライプの入ったスーツ。そのスーツの下には、白地にブルーのストライプのシャツと、どのように表現すれば良いのかわからない黒っぽい柄のネクタイ、それにカーキ色でキャンバス地のボストンバックといった出で立ちを持っている。

巻き寿司は10分そこそこで食べ終えた。やれやれと思ったその矢先、ボストンバッグの中のコンビニの袋をガサガサ言わせ、手巻き寿司を取り出した。今度は海苔の破片攻撃か。「酢の匂いよりもマシ」と心に言い聞かす。

周りを見回すと大きなリュックサックを持った、現役を退いてから相当の年月を重ねた方達の団体。席を無理やりこじあけて座っては、隣の若者に、もう少し詰めろと催促をする。若者はもうこれ以上は無理といった顔。リュックサックが乗客で溢れる通路の一角を占領しているのもおかまいなしに、大きな声でお喋りに講じている。

最近海外からの旅行客のマナーについて、さまざまな苦言がもたらされている。一方、テレビの放映では日本賛辞の番組が多いが、実態はこんなもの。大陸からの若者の方が、数段マナーは良い。

ようやく電車は、終点の吉野駅に到着。吉野桜の人気は高いとは聞いていたが、今日は平日。そんなに混雑しないだろうとタカをくくっていたが、想像以上の観光客に驚く。人混みでごった返す改札をようやく出ることができた。山に入ってからは、千本桜の風景が「霞こめたるみよしのの山 」そのものであったことは、もちろんのことである。

ところで、くだんの紳士はというと、終点であるこの吉野駅まで同じであった。


Cherry Blossoms in Yoshino,Japan

あの、郵便配達の風景が、変わるかも。 郵便配達の赤バイク、電動化へ!

f:id:hsdiscovery:20170325183306j:plain

日本郵便とホンダが社会インフラ整備に向けた協業の検討を開始すると発表。

地球環境に配慮し、電動バイクを使った郵便配達網を整備するもので、郵便配達業務に使うバイクの電動化、郵便局における充電ステーションの実証実験を行うもの。

さらに、ホンダがバイク向けに開発したITを使ったルート案内サービス「Honda Biz LINC」の郵便配達業務への活用、日本郵便の郵便配達用二輪車に関する保守体制の構築を図る。  

実証実験の詳細は今後詰めるが、「2018年中には何かしらの形で始めたい」とする意向を持つ。

 日本郵便は配達用として、全国に8万5千台ものバイクを持つ。そのバイクとは、郵便配達用に特化させた、あの赤いホンダのスーパーカブである。

日本郵便との共同開発による特化仕様のため、一般には販売していないが、根強いファンを持つ。用途廃止となった中古車の入手は可能であり、専門に取り扱う販売店も存在する。

ホンダは過去に電動二輪車「EV-neo」を生産、リース販売していた。走行距離は時速30kmの定地走行テスト値で34km程度で、最高出力は2.8kW、最大トルクは11Nmだ。

日本郵便の配達用バイク1台が1日に走行する距離は、勤務形態にもよるが、平均すると35km程度だという。充電なしで1日の配達業務を終えることを考えると、「EV-neo」の走行距離は走行条件によっては不足する。

今後、郵便配達に適用する電動バイクをホンダが開発し、実証実験を始める計画。

f:id:hsdiscovery:20090921153905j:plain

充電拠点は配達用バイクに限らずに、一般にも開放する構想もある。

電動バイクの普及にはさまざまな課題を持つ。なかでも大きいのが充電インフラの普及であろう。電気自動車と比べれば、電動バイクが必要とする電気容量は少ないが、積めるバッテリーの容量が限られるため、その航続距離に限界がある。

もし、家庭以外での充電が期待できなければ、その使い勝手には問題が残る。

全国に約2万4千もあるという郵便局。そのうちの大部分を充電スタンドとして使えるようになれば、電動バイクの使い勝手は格段に向上する。

環境保全を考慮すると、電動化の進展を避けることはできない。バイクも同じである。

充電スタンドで充電するのか、または、そこでバッテリーを交換するのか、あるいは、そのほかの方法を採用するのか。いずれにしても、全国に広がる郵便局の活用は、充電インフラの整備につながる。

この実証実験の成否は、ホンダのバイク事業に大きな影響を与えそうだ。

ある日

f:id:hsdiscovery:20170302131339j:plain

 この時間帯は学生の姿が多い。いつも会う高校生のカップルの姿は今日は見えない。
京橋駅を出て左にカーブする。一分ほどで車内放送が入る。今朝は女性の車掌の声で案内が入る。
 
「ご乗車ありがとうございます。環状線内回り。大阪、西九条、弁天町方面行きです。つぎは桜ノ宮桜ノ宮です。」
 
「お客さまにお願い致します。座席は譲り合ってお座り頂き、優先座席付近では携帯電話の電源をお切り下さい。またこの電車の前から四両目、車内に女性専用車の案内表示のある車両は女性専用車です。皆様のご理解とご協力をお願いします。」
 
 JRの車内放送の内容は同じであってもセリフや言い回しは車掌によって微妙に異なる。そのため、それぞれの個性を楽しめる。
 
 暫く直線を進むと桜ノ宮駅に近づく。
 
「まもなく桜ノ宮、桜の宮です。お出口は左側です。電車とホームの間が広く開いているところがございます。お降りの際はお足元にお気をつけ下さい。」
 
 ホーム手前で侵入速度まで減速した電車は更に緩やかに減速し停車位置に向かう。
電車の運転手によって、また電車によって減速が異なる。
 
 桜ノ宮駅は普段から乗降客の多くない駅である。特にいつも乗る前の車両では数名が乗降するだけである。
 
「ドアが締まります、ドアが締まります。」構内案内が発車を急かす。
 
ゴロゴロとドアが動き最後にゴンと言って閉まる。
 
 一両目の車両番号が「クハ200」とあるから、今から60年ほど前から導入されてきた201系の電車であることがわかる。大きなリニューアルを経たとはいえ、やはりその古さは否めない。
 
 桜ノ宮駅を離れるとすぐに向かいの電車とすれ違う。すれ違いが過ぎ、視界が開けると大川のある風景が広がる。今の時期、両岸に並ぶ桜の木は葉が落ち寒々とした風景を描く。反対側を見ると、源八橋の遠く向こう、高層ビルの合間に大阪城が見える。この辺りは江戸時代川渡の渡船があり「源八渡し」といった。それが橋の名前に残った。
 
「つぎは天満、天満です。」
 
 電車は右にカーブし、その後数回左右に車体を小刻みに揺らすと天満駅が見えてくる。
 
「まもなく天満、天満です。お出口は左側です。」車内放送が天満駅に近づいたことを知らせる。列車は進入速度から徐々に減速し停車位置を目指す。今日の列車はいつもより緩やかな減速だ。やがて停車しドアが開く。
 
「天満、天満です。足元にお気をつけ下さい。」構内放送が天満駅であることを知らせる。私の一日はここから始まる。

寒い日の朝

f:id:hsdiscovery:20170128185516p:plain

今日のこと、ふと、小説あるいは映画であったか忘れたが、「寒い朝」という名の作品があったことを思い出した。調べてみると、石坂洋次郎の小説であった。内容も当然忘れている。

青春の一時期、石坂洋次郎の作品を盛んに読んだことがある。それ以前は、推理小説。分けてもエラリー・クイーンに凝っていて、当時の日本で出版していた全ての作品を読破したと思っていた記憶がある。石坂洋次郎の作品は全てではない。「寒い朝」の他には、「雨の中に消えて」、「陽のあたる坂道」、「あいつと私」、「若い人」、「青い山脈」の名を思い出す。

石坂洋次郎の作品を読もうと思ったのは、確か、テレビで「雨の中に消えて」が松原智恵子舟木一夫の主演でドラマ化され、それをみたことがきっかけであったように思う。遠い昔の話である。

闘鶏神社で初詣

先日、青春18切符を使って紀伊半島を一周する旅に出かけた。目的は熊野三山のひとつ那智大社とその隣の那智山青岸渡寺、それに那智の大滝にお参りすることにあった。この道中、JR紀伊田辺駅で列車の乗り換えに2時間ばかりの待ち時間ができたことがあった。そこで、駅周辺を散策することに。

JR紀伊田辺駅がある田辺の町は、かの武蔵坊弁慶の生誕地の伝承を持つ。弁慶は講談などの世界において源義経に仕える怪力無双の荒法師として知られ、京都五条の橋の上で源義経と戦ったところは唱歌にも歌われている。歌舞伎の勧進帳では、安宅の関の場面が泣かせどころとして有名である。

JR紀伊田辺駅から歩いて5分ばかりのところに闘鶏神社が鎮座する。この神社には、源氏と平家の戦いである源平合戦の最後の舞台、壇ノ浦合戦で源氏を勝利に導いたとされている熊野水軍の伝説を持つ。熊野水軍は、武蔵坊弁慶の父である熊野別当湛増に率いられていた水軍のことで、源平合戦に参戦し源氏の勝利に貢献をしたことが伝わっている。

熊野別当湛増は元来平家方に加勢していた。しかし、源氏方につくわが子弁慶の要請を受け、源氏あるいは平家のどちらにつくべきかを迷っていた。そこで神意を伺うことにし、神社本殿の前で紅の鶏を平家、白の鶏を源氏に見立て、七番の闘鶏を行った。結果は七番とも白鶏の一方的な勝利であった。そこで源氏につくことになったのであるが、この由来から闘鶏神社と名乗るようになったのだという。

駅前からまっすぐ続く通りを350メートル程度進み左手を見ると神社の鳥居が見える。その鳥居をくぐって社内に入る。参拝客は思ったほど少なく、拝殿前には十人程が参拝を待つ列をなしている。静かで厳かな初詣風景である。

f:id:hsdiscovery:20170103122558j:plain

参拝を終えて駅に戻ったが、思えばこれが今年初めての初詣であった。よくよく考えてみれば、今年は酉年である。その年の初め、たまたま立ち寄ったところが鶏に縁が深い神社であったということになる。

今年は春から縁起がいい。

ブログでも始めてみようか

”つれづれなるままに

日くらし硯にむかひて

心にうつりゆくよしなし事を

そこはかとなく書きつくれば

あやしうこそものぐるほしけれ”

 

吉田兼好徒然草の序段の一節であるが、

昨年末で退職した身

暇を持て余しそうなので、私も今日から

ブログとやらを、やってみようか。