電車の中で、隣に座っていた女性が読んでいる本に興味を持った。
それは、私も以前読んだことのある本だった。
思わず声をかけ、
「その本、面白いですよね。私も読んだことがあります」
と言ってしまった。
しかし、彼女は急に本を閉じ、私を鋭い目つきで見つめた。
彼女の怒りに戸惑いながら、私は何が悪かったのかを考えた。
同じ本を読んだことを共感して言ったつもりが、彼女にとってはプライバシーの侵害と感じられたのかもしれない。
私の言葉が彼女にとってどんな意味を持っていたのか、その後もずっと考え続けた。
気まずい沈黙が続いた。
私は謝罪の言葉を口にしようと思ったが、彼女は私の視線を避け、本を手に取って別のページをめくり始めた。
その時、電車が次の駅に到着し、人々が次々と降りていった。
私も立ち上がり、降りる準備をしていた。
その時、彼女が静かに口を開いた。
「あなたもこの本を読んだことがあるのね」
彼女の声には、先ほどの怒りや敵意とは違う、柔らかな色が含まれていた。
私は振り返り、微笑みながら頷いた。
「ええ、ですね。この本、私にとっても特別な意味があります」
彼女の表情が少し緩んだのがわかった。
そして、彼女も微笑みながら言った。
「私にとっても特別なんだ」
その言葉に、私は彼女が隠していた感情の一端を垣間見た気がした。
彼女もまた、この本に何かを抱えているのかもしれない。
私たちはそのまま黙って、電車を降りるために準備を進めた。
その後も私は、彼女がどんな風にこの本に触れているのか、気になって仕方なかった。
そして、私が口にした一言が彼女にどんな影響を与えたのか、今も考え続けている。